小説家がBUMP OF CHICKENを紹介するのはとても勇気がいる。
まずもってして藤原基央はほとんど小説家である。『ラフメイカー』『ダンデライオン』など、そのまま掌編小説として見ても見事なものだ。小説家のくせにオリコン1位をシングルでもアルバムでも獲りまくってスタジアムでライブを演りまくって女性ファンにきゃあきゃあ言われて万単位のファンレターに毎晩埋もれているわけだから、うむ、同業者としてはすごく紹介しづらい。
それでなくても彼の曲は物語の力が強すぎるので、普通に紹介しようとするとそのまま「藤原基央の物語」になってしまう。紹介記事だからべつにそれでもいいのではないか? と思っている人がいるとしたら認識が甘い。藤原基央の物語しか書けないのならBUMP OF CHICKENの曲をただ聴けばいいだけだ。ブックマークをクリックする手間、ページをスクロールさせる手間すら無駄である。
だから今回は徹頭徹尾、僕の物語を書き連ねることにする。
……今回に限らずいつもそうといえばそうなのだけれど。
* * *
僕は電撃小説大賞を受賞する前、ネットを通じてけっこう多くの作家志望者たちと知り合いになっていた。月イチくらいで集まって飲んだりもした。Kくんもその中の一人で、後にゲーム会社のディレクターになった。
数年前、久々にKくんに逢って二人で飲んだ。どちらもかなり酔っ払ってきた頃、彼はこう切り出してきた。
「ゲームでもなんでもいいんですけど、やってみたいアイディアがあるんですよね……」
事前に知ってしまって興ざめするタイプのアイディアではないので、ここで筋を紹介する。こんな話だ。
主人公はいっこうに芽の出ないしょぼくれたミュージシャンだ。ある日、彼の前に死神が現れて言う。あなたの寿命はあときっかり1年です。1年後の今日にあなたは死にます。しかし、死ぬその日に、ひとつだけ願いを叶えてあげます。なにを願いますか?
彼はほとんど考えもせずに答える。じゃあ、武道館でライヴを演らせてくれ。
わかりました、と死神は答えて消える。
翌日、目を醒ました彼は、酔っ払ってみた夢かと思いながらも、武道館のスケジュールを確認してみる。そして、1年後のその日に自分の名前があるのを見つける。彼は酒瓶のウィスキーの残りを流しに捨て、バイト先に電話をかけてやめると伝え、バンドメンバーを捜し始める……
「……いいね」
聞き終えた僕はそう言って日本酒の追加を注文した。
「すごくいい。僕が書きたい」
「いいでしょ?」とKくんは自慢げに言う。
「やっぱりラストシーンは武道館のライヴになるわけだよね」
「そうです。んでステージ上でアンコール直前に死ぬんです」
「映画で観たいな。そのアンコール曲を、そのままエンディングにする。ねえ、すっごくぴったりの歌を思いついたんだけど」
「俺もラストシーンに流すならこれしかない、って曲をもう決めてるんです」
「バンプのさ――」
「バンプの……」
「……え?」「え?」
僕ら二人の頭の中にあったのは、信じられない話だが、同じ曲だった。
BUMP OF CHICKENの"HAPPY"である。
* * *
この物語のタイトルはもう決めている。エピグラフで大槻ケンヂを引用するところまで決めている。ラストシーンで主人公が「ハッピー・バースデー!」の声に包まれながら息絶える光景もありありと思い浮かべることができる。
* * *
これまで、書きたい話はほとんどすべて書いてきた。構想がありながら手が追いつかなくて書けていない話も、たいがい編集さんにひけらかして、発表できそうな筋道をつけている。
しかし、死神とバースデイのこの物語だけは、まだ道が見えていない。あまりにも大きな障害が二つも目の前に横たわっているからだ。
ひとつはもちろん、どうやってBUMP OF CHICKENの曲を使わせてもらうかという問題。
もうひとつは、Kくんとの権利関係である。なにせ僕のアイディアではない。もう一回くらい飲みにいっておごったらアイディアを譲ってくれないだろうか。それとも印税1%くらいで手を打ってくれないだろうか。いやいや事前にまとまった金を渡して買い取るか……。悩みは尽きない。だからこの記事を書いた。目標はこうだ。アフィリエイトで稼いだ金をKくんに渡してアイディアを丸ごと譲ってもらう。そしてヒップランドミュージックの事務所に電話する。どうも、そちらのBUMP OF CHICKEN殿のCDをけっこうな枚数売り上げているアフィブロガーの杉井と申しますが、折り入ってお願いが……。
今の僕のささやかな夢である。