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音楽エッセイ

楽園ノイズ楽曲解説

 ということで発売中である。 

楽園ノイズ (電撃文庫)

楽園ノイズ (電撃文庫)

  • 作者:杉井 光
  • 発売日: 2020/05/09
  • メディア: 文庫
 

  久々の青春音楽小説で、久々の楽曲解説。長らく止まっていたこのはてなブログの埃を払うことになった。

 

○凛子編

・河口(團伊玖磨


 混声合唱組曲筑後川』の終曲。
 高校で音楽選択をとった人なら知っているだろうが、『大地讃頌』と並んで中高生の合唱の必修みたいな位置づけの歌である。左手はオクターヴで跳躍し右手は重たい四和音を叩きまくるクッソ難しい伴奏がついていて、僕もちょっと挑戦してみたが早々にあきらめた。伴奏役を割り振られたクラスメイト女子のピアノ経験者も泣きそうな顔で放課後ずっと練習していて、その記憶が『楽園ノイズ』の着想の出発点となったふしがある。だから作中での登場のしかたはとてもさらっとしているが、実は重要曲だったりする。

 

・信じる(松下耕


 こちらは谷川俊太郎の詩に曲をつけたもの。これも合唱曲としてはかなり人気曲らしいのだが日本の合唱曲に全然詳しくない僕は恥ずかしながら知らなかった。作中にとにかく伴奏が難しい合唱曲を出したい、『河口』だけではさみしい、と思って調べて出てきたのがこれである。『河口』のような派手さはないがこれまた任されたら絶対に苦労しそうな伴奏。ピアノソロになる部分がやたらと多いし。

 

カルミナ・ブラーナカール・オルフ


 これは「みんな聴いたことはあるけど曲名を知らない」やつの中でも最上位の部類に入るのではないだろうか。作曲者オルフは二十世紀前半、比較的新しい時代に活躍した作曲家なのだけれど、聴けばわかるとおり前衛には特に染まらずシンプルで力強い調性音楽を書き続けた。でも全然古くさくないのである。実際このカルミナ・ブラーナの超有名な冒頭部は色んな映画やドラマで使われまくっている。かっこいいからな!
 あとこの冒頭部、楽譜もすさまじい。拍子記号は書かれていないのだが「3/1拍子」なのだ。そもそも小節一つ分の音の長さを表すのが全音符なのにその全音符が一小節内に三つおさまっているのである。さらにすごいことに、曲調からしてどう考えてもその書き方が最適だとはっきり感じられてしまうのだ。

 

・練習曲op.25第1番変イ長調"エオリアン・ハープ"(フレデリック・ショパン


 これでもかというくらいショパンらしい難曲。その通称どおり、ハープをかき鳴らしているかのような贅沢なアルペッジョが最初から最後までずっと続く。コーダのアルペッジョなんかもう笑うしかないくらいハープである。いかにもコンクール映えしそうな曲で、実際選ばれることがとても多い。

 

ピアノソナタ第21番変ロ長調フランツ・シューベルト


 この小説を書くにあたって、凛子というピアニストにどんな曲を弾かせようか、と考えあぐねていたときに出逢ったのがこの曲。作中の主人公が言っているように僕はシューベルトと真面目に向き合ったことがなかったので、かなり衝撃だった。
 こんな曲を三十代で書いてたんだぜ? 信じられない。こんなの書いてたらそりゃ若死にするよ。実際彼はこれを書いた二ヶ月後に死んでいる。
 侘びることも寂びることもなく、ただ美しいまま枯れた作曲家。それがこの曲を聴いて固まった僕のシューベルト観である。

 

・サルヴェ・レジーナ(フランツ・シューベルト


 聖母マリアを讃える無伴奏アンティフォナ。まさに天上の音楽。どうだろう、これの伴奏に、前出のピアノソナタ第21番を添えるというのは、なかなか悪くないアイディアだと思うのだが。だれか試してみてくれないだろうか。
 シューベルトはもう一曲サルヴェ・レジーナを書いており、そちらは弦楽伴奏とソプラノ独唱によるもので、僕にはまったく響かなかった。そもそも僕はクラシックの独唱曲が全般的に好きではないのである。これまでシューベルトを食わず嫌いしてきたわけである。

 

・God Bless the Child


 ビリー・ホリデイの歌をピアノトリオにアレンジしたものだが、はっきりいって原型をほとんど留めていない。僕がはじめてまともに聴いたジャズであり、父の蔵盤の中の一枚だった。その後、「教養を広げなければ……」という不純な動機からモダンジャズの有名どころを何枚かかじってみたが、どうにも僕には合わなかった。だから僕が心の底から気に入ったジャズナンバーはこの曲だけである。たぶんドラムスがわりとなじみのあるバックビートだから聴きやすかったのだろう。

 

○詩月編

・Good Time Bad Time(Led Zeppelin


 ツェッペリンのデビューアルバムに収録されたごきげんナンバー。リズム隊がかっこよすぎる。この動画で叩いているのはボンゾの息子さん、ジェイソン。親父そっくりだと絶賛されたらしいのだが、僕は正直なところドラムスを聴いて細かい特徴がわかるほどの耳は持っていないのでノーコメント。
 ただ、この2007年の伝説的な再結成ライヴはほんとうにすごいパフォーマンスで、アルバムにもなっているのでおすすめ。

 

ピアノソナタ第1番ヘ短調ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン


 ベートーヴェンの記念すべきピアノソナタ第1番。いきなりヘ短調で四楽章構成というやる気満々の曲で、たぶん発表当時かなり話題をさらったことだろう。動画はその終楽章で、実際に凛子と詩月がセッションしている部分。
 人気曲なのだが、なんかみんなベートーヴェン短調の激しい曲だからって雰囲気に押し流されてないだろうか? 僕はこの曲を聴くと「こなれてない感」をものすごく嗅ぎ取ってしまう。

 

・Creep(Radiohead


 ところであなたは「実は良さが理解できないが話題についていくためとかファッションのためとかで新譜を買い続けているバンド」というものがあったりしないだろうか? 僕はある。レディオヘッドだ。
 レディオヘッドに対する僕の見解は、だいたいノエル・ギャラガーと同じである。『KID A』以降ぜんぶ同じに聞こえて良さがよくわからん!
 レディオヘッドで一番好きなのは"Creep"です、と正直に申告しづらい空気はたしかに存在する。そんな発言をしたらにわかだと思われるし、レディオヘッドのファンはことさらにわかに厳しそうな気がする(偏見)。でもここは自分のブログだし嘘をついてもしょうがない。この曲が一番好きです。みんなこの曲を聴いてぶっとんで、憧れて、こんな感じの曲を作った。そういう時代だったのだ。

 

○朱音編

・Same Side(WANDS


 この曲の存在を教えてくれたのは鏡貴也である。僕が作家バンドを組んでいた頃のことだ。僕はそれまでWANDSのことを大して知らず、織田哲郎の手駒のひとつでしょ? くらいの大変失礼な認識しか持ち合わせていなかった。だからこの曲でほんとうに後頭部をぶん殴られたくらいの衝撃を受けた。
 そして時は流れ、作中に登場させるにあたってはWANDSに関してあることないことを脚色しまくって書いた。まあどうせ解散したバンドだし、とたかをくくっていたら、なんと再結成してしまったのだから世の中なにが起きるかわからない。
 でもそこに上杉昇はおらず、この日本式グランジの到達点はついにどこにも受け継がれなかった。残念きわまりない。

 

・Back in the U.S.S.R.(the Beatles


 ホワイトアルバムのオープニングナンバー。ホワイトアルバム制作時のビートルズはメンバーの仲が最悪の状態で、スタジオに全員そろうことがほぼなかった。この曲も、ポール・マッカートニーリンゴ・スターのドラミングを気に入らずにねちねち文句を言ったため、激怒したリンゴは出ていってしまったという。温厚で知られるリンゴがそんな暴挙に出るくらいだからポールはよほどのことを言ったのだろう。幸か不幸かポールはだいたいの楽器を使いこなせてしまう天才だったので、自分で叩いた。お聴きの通り、実にそつなく叩けている。文句があったら自分でやれよ! といったらほんとうに自分でやってしまったわけで、そりゃ解散するのも当たり前である。

 

 この小説は10章立てなのだが、「凛子編」「詩月編」「朱音編」「美沙緒編」「エピローグ」に分かれている。それぞれのキャラが映ったスマホの扉絵が挿入されているのでおわかりかと思う。そしてエピローグのスマホにだけ、だれも映っていない代わりにQRコードが添えてあることにお気づきだろうか。これ、作中の描写に合わせてイラストレーターの春夏冬ゆうさんがとても素敵な仕掛けを仕込んでくれた。実際にスキャンできるのである。
 気づいた人だけがたどり着けるのが洒落てていい……という気もするけれど、一方でだれにも気づかれないとさみしい……という気もするし、落としどころとしてブログ記事の最後にこっそり書いておくことにする。

 最後まで読んでくださってありがとうございました。