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音楽エッセイ

神曲プロデューサー楽曲解説

文庫版、発売中です。

 

単行本発売時(なんともう十年以上も前!)に、紹介記事を真面目なやつと不真面目なやつ、二つも書いたが、そういえば楽曲解説はしていなかったな……と思い出し、せっかくなので今回書くことにする。

 

1. 超越数トッカータ

音楽における「パクリ」を題材にした一篇。

着想の元になったいわゆる「パクリ疑惑」事件は二つあり、ひとつはジョー・サトリアーニの"If I Could Fly"とコールドプレイの"Viva la Vida"。


 後者のパクリ疑惑をかけられた方が世界的な大ヒット曲であるだけに当時けっこうな騒ぎになった。

 

二つ目は「記念樹事件」。

楽曲の同一性が裁判で認定されたという画期的な一件で、今でも著作権関連の判例研究では教材として取り上げられることが多い。この裁判の原告論述・被告論述・判決文はクソ長いがめちゃくちゃ面白いので時間があったらご一読をおすすめする。両曲がどのような根拠から同一のものであるか(被告側は、同一ではないか)について、法律のプロフェッショナルがロジカルの極みの超硬質な文章で説明する様はなんかもう前衛芸術的ですらある。文書としての規定のためだろう、楽譜表記すればわかりやすいところを文字のみで記しているため「ドレミーミレーレドドー」のようなメロディ表記が頻出し、笑わずに通読するのは絶対に無理。

短編全体としては「メロディなんて偶然似ることはいくらでもある」という主張だが、現実に存在する個々の案件についてはノーコメント。なお、事実だけを述べれば、サトリアーニとコールドプレイの間には和解が成立し、サトリアーニは盗作だという訴えを取り下げている。

 

2. 両極端クォドリベット

まずは「世界一長い曲」。


これは執筆当時の調査では世界一長い曲だったのだが、その後あらためて調べてみたら二番目であることが判明してしまった(実際にその長さで演奏されている、という条件つきである。もちろん)。

世界一はこちら。

しかしジョン・ケイジであることが大事なので訂正のしようもない。今後の数百年の間に起きるなにがしかの事故に耐え抜いて演奏を続けるという生存競争において、ケイジの方が勝ってくれることを祈るばかりだ。

作中での日時は2011年5月8日を想定している。D音が終わり、C音とCis音が鳴り始める。

 

一方で世界一短い曲に関しては、短いだけならいくらでも簡単に作れるため認定が難しく、ここではギネスブックの基準を採用した。


そのベースの4音は「D-D-D-C#」で、ジョン・ケイジの曲の方の2011年5月8日に起きる音変更にちゃんと対応している。

……というのは楽譜上だけの話で、僕は執筆時、ナパーム・デスグラインドコアバンドであることを完全に失念していた。この手のひたすらヘヴィなバンドといえば当然ながらチューニングは半音下げである!!!

気づかなかったことにしたい。

 

3. 恋愛論パッサカリア

登場するアイドルグループに蒔田が提供した曲の着想元は特にないのだが、ミュージックビデオのイメージにはいくつかネタ元がある。

一つはマイケルの"Black or White"。


 この最後(5:28あたり)のモーフィングで次々に顔が変わっていく部分がまず念頭にあった。

あとはQUEENの"THE MIRACLE"のアルバムジャケットも頭に浮かんでいたと思う。

きもいよね、このジャケット……。

はじめて見たのは中学生のときで、怖すぎたのでこの一枚だけQUEENなのに買わないようにしていた。

 

4. 形而上モヴィメント

前にも書いたが窪井拓斗の音楽面でのイメージは完全にベックなので、この一篇で扱われる曲もベックを想定している。


 この曲のメロディアスなコーラスが存在しない感じが窪井拓斗の作ってきた原曲で、そこにJ-POPばりのメロディの強いコーラスを付け加えてしまったのが蒔田、というイメージで書いた。

二人がついに到達できなかった完成品がベックのこの曲――という意味ではないのだが。現実は現実、小説は小説だ。

 

5. 不可分カノン

音楽をやめてしまう話なので音楽は登場しない。

ラストは『スプートニクの恋人』をやってみようという意図で書いた一篇なのだが、十年たった今になって読み返してみると想像していたよりも百倍くらいそのまんま『スプートニクの恋人』なので我ながら驚いた。今ならこうは書かないだろう。

十年越しの文庫収録、貴重な体験でした。