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音楽エッセイ

楽園ノイズ2楽曲解説

 おかげさまで2巻発売。 

楽園ノイズ2 (電撃文庫)

楽園ノイズ2 (電撃文庫)

  • 作者:杉井 光
  • 発売日: 2021/05/08
  • メディア: 文庫
 

 

 いつものように作中に登場する楽曲を紹介していこう。

 

○凛子編

ピアノ協奏曲第2番ト短調プロコフィエフ


 この凛子編は、クラシックピアニストとしての凛子にもう一歩踏み込もう、ということで構想したピアノ協奏曲エピソードであり、構想時間のほとんどを「選曲」に費やした。

 バンドでピアノ協奏曲を演るという無茶を成立させるには、やはりなるべく新しい時代の曲である必要があった。古典的で厳格な調性音楽の響きはバンドサウンドで演ると高確率でお笑いになってしまう。

 しかし協奏曲というのはそもそもがかなり前時代的な楽曲形態である。現代音楽のピアノ協奏曲をまず探してみたが、数が少ない上に、ろくなのがない(キース・エマーソンのピアノ協奏曲という一見最適そうなのがあるのだが、残念ながらこれは純然たるクラシック志向の曲だった)。慎重に慎重に年代を遡っていって、ようやくたどり着いたのがロシア音楽の麒麟プロコフィエフだ。この第2番は彼が音楽院在学中に書き上げた気負いの塊のような力作で、自らもピアノの名手であったことからピアノの比重がとても大きく、オーケストラは添え物である。だからこそギターアレンジする余地があるだろう、と判断した。もちろんそれ以前に選曲の決め手となったのは、作中にも書いた通りイントロのピツィカートである。ここだけは真琴の演奏がありありと想像できる。

 実際にピアノの演奏が始まって以降は、はてさて一体どう料理したのか、さっぱり想像がつかない。きっと朱音なら、そしてエレクトリックギターなら、なんとかしてしまったにちがいない――と想像の世界に丸投げした。

 音楽の世界に最後に起きたエポックメイキングはエレクトリックギターの出現であり、それ以来新しいものは生まれていない――とは、音楽プロデューサーの故・佐久間正英氏が生前最後のインタビューで語っていたことだ。僕もこれに全面的に同意する。単に既存の楽器に電気を導入したというだけではない、それはひとつの宇宙の誕生であり、ピアノの発明やオーケストラの完成に匹敵する音楽史上の跳躍点だった。だから、なんとかできるはずだ。そう祈りを込めてこの章を書いた。

 

○詩月編

・Cleopatra's Dream(バド・パウエル


 ビバップの旗手バド・パウエルの、日本でだけ謎に評価の高いオリジナルナンバー。メロディ素材は二つとも耳に残る印象的なもので、ブラシのみを用いたドラミングも含めていかにも洒落たジャズピアノトリオ!という感じだ。聴いたことがある人も多いのではないだろうか。ドミナントとトニックを行ったり来たりするだけのシンプル極まりないコード進行のおかげで、大変聴きやすい。

 ジャズ通との会話でこの曲を出すと誇張ではなしに馬鹿にされるらしいのだが、音楽なんて聴いて心を動かされるかどうかがすべてなので気にせず楽しみましょう。

 

・Longing / Love(ジョージ・ウィンストン


 例え話のためだけに持ち出してしまって恐縮なのでここでご紹介。おそらくみんな曲名もアーティストも知らないが聴けば「あー、あー、知ってる知ってる」となる曲ではないだろうか。イントロが長いのでさっさと思い出したい場合は1:45あたりまで飛ばしてみていただきたい。

 ジョージ・ウィンストンというと、やはり通との会話で持ち出すと(リチャード・クレイダーマンほどではないにしろ)馬鹿にされるアーティストなのだが、先述したように音楽は聴いてどう感じるかがすべてなので通の言うことなんて無視しておけばよいのである。この曲もまた、イントロと中間部は冗長さが鼻につくものの、主部は文句無しの名作だ。

 

スーパーマリオブラザーズ 地上のテーマ(近藤浩治


 日本人が書いた曲の中で、間違いなく世界的に最も有名な一曲だろう。これほどポピュラーで親しみやすい曲なのに、よくよく楽譜を読み込んでみるとすさまじくブルージーなコード進行と旋律を備えていて、原曲の段階ですでにジャズのスピリットにあふれている。

 残念ながらピアノトリオのジャズアレンジは見つからなかったが、いちばんイメージに近いピアノソロによるジャズアレンジを見つけたのでご紹介。かっこいい!

 

Ruby, My Dear(セロニアス・モンク


 孤高の名手セロニアス・モンクのオリジナルナンバー。カルテットでも演奏しているが、やはりソロの方がこの曲は映える。

 モンクは後年、病気もあってセッション機会がどんどん減り、ピアノソロに傾倒していく。これが収録されたアルバムは完全ソロである。鍵盤をひとつひとつ分解して内部構造をあらためてまた填め直していくような晦渋なプレイはもはやだれも合わせることができず、必然の孤立だったのではと思わせる。

 

○朱音編

・In These Arms(BON JOVI


 朱音が徹夜で聴いていたのはこの曲である。

 輝かしき80'sを駆け抜けた後のハードロッカーが、爛れた90'sをそれでもまっすぐに生き抜くと決意表明しているかのような、痛ましいほど力強くまばゆいミディアム8ビート。僕はこれほどまでに臆面も恥ずかしげもなく"I NEED YOU"を叫ぶ歌を他に知らない。

 このMVでは最後かなり早めにフェイドアウトしてしまっているので聴けないが(シングル版だろうか?)、エンディングに現れる一節をここで引用しておこう。

Like the roses need the rain
Like the seasons need to change
Like a poet needs the pain
I need you
In these arms, tonight

 この一節が、《詞》にフォーカスする今回の朱音編の構想のきっかけとなった。脚韻も含め、日本語訳はどうやっても不可能だろう。

 作中の記述に沿って、それでもなんとか当てはめるとしたらこうだろうか。

ばらがあめを恋うように

ふゆがはるを呼ぶように

うたがこころ染むように

今宵あなたを恋い抱こう

 

 

 何度となく語っていることだが、僕はかつてミュージシャンを志していた。高校時代からバンドを組んでいたし、作曲もした。いつか自分がレコードを出す日を夢見て、アルバムの曲目リストをルーズリーフに書き付けてにやにやするという痛い真似もした(ミュージシャン志望の少年少女はみんな似たようなことをやったはずだ)。

 特に僕は、海外のバンドのアルバムでたまに見られる、同じタイトルの曲が盤内に二回登場して後者に"reprise"とつけられるのが好きだった。有名なところではSgt.Pepper's Lonely Hearts Club Bandとかだ。自分でも絶対にやろうと思っていた。

 残念ながら、音楽に対して真摯でなかった僕の夢は当然のようにあっさり破れたわけなのだが、そのささやかな埋め合わせとして、二十数年後の今、小説内でやってやった。もしかするとお気づきの方もいるかもしれないが、『楽園ノイズ』の各章題はアルバムの曲リストをイメージしている。(デザイナー鈴木亨氏には気づかれているふしがある。口絵の目次がものすごくそれっぽいのだ)

 そして今回の2巻では曲名そのまんまの章題も二つ入れた。ジャズだからカヴァーも収録、というわけだ。

 これをもって、我が少年期の夢の供養としたい。成仏してくれ。

ホワイトアルバム現象

 ホワイトアルバム現象、という言葉がある。

 なじみのない言葉だろうし、説明すると少々長くなるがお付き合いいただきたい。

 

 Self-titled Album、つまりアーティスト名と同じ名前のアルバムというものがよくある。これはデビューアルバムであることが圧倒的に多い。世に出るにあたってまず名前を憶えてもらおう、という意図によるものだろう。LED ZEPPELINQUEENTHE ROLLING STONESEAGLESVAN HALENAEROSMITHといったそうそうたる顔ぶれがSelf-titled Albumでデビューしている。

 一方で、ごくまれな例だが、デビュー作でもないのに自分たちと同じ名前をアルバムに与えることがある。

 代表格はなんといってもTHE BEATLESThe Beatlesだろう。

 

 この「デビュー作ではないSelf-titled Album」には、二つの共通した特徴がある。

 一つ目は、アーティスト名とまぎらわしいこと(当たり前だが)。デビュー作であればデビュー作とか1stとか呼べばいいのだが、そうでない場合呼び方にとても困る。よって、特に有名な「デビュー作ではないSelf-titled Album」には通称がつけられていることが多い。THE BEATLESThe Beatlesは一面真っ白なジャケットなので「ホワイトアルバム」と呼ばれ、完全に定着している。

 「デビュー作ではないSelf-titled Album」にはアルバムジャケットの色から通称をつければいいのでは? という流れを作ってしまったのがMETALLICAMetallicaである。 

Metallica

Metallica

  ご覧の通り一面真っ黒なこれは「ブラックアルバム」と呼ばれ、これまた通称として定着している。

 

 「デビュー作ではないSelf-titled Album」に共通する二つ目の特徴は、必ず傑作であるという点だ。

 おそらく、アーティストとしてのキャリアを積んだ後に敢えて自分と同じ名前の作品を出すからにはぐうの音も出ないほどのものにしなければ……という気概が湧くのではないだろうか。上で紹介した2枚はどちらもバンドの最大の代表作といっていいし、知名度ではだいぶ劣るがたとえばSTONE TEMPLE PILOTSのStone Temple Pilotsなども復活の気炎を噴き上げた傑作だ。 

Stone Temple Pilots

Stone Temple Pilots

 こちらは見てわかるとおり真っ赤なジャケットであるため「レッドアルバム」と呼ばれている。

 

 「デビュー作ではないSelf-titled Album」に、色の名前の通称がつけられ、しかも必ず傑作であること。これを音楽業界ではホワイトアルバム現象と呼ぶのである。

 

       * * *

 

 ということでいよいよ今回の記事の目玉、LIFEHOUSELifehouseをご紹介しよう。

Lifehouse

Lifehouse

  • ライフハウス
  • ポップ
  • ¥1731

  3rdにして満を持してのSelf-titled Album。真っ黄色のジャケットゆえに「イエローアルバム」と通称されていることはすでに言わなくてもおわかりだろう。

 このバンド、本国では1stからかなり売れた有名バンドなのだが、日本ではほぼ無名に等しい。ライフハウスで検索するとキリスト教会関連の方ばかりヒットしてしまうくらいだ。僕もAppleMusicのおすすめに出てくるまでまったく知らなかった。

 2020年、いちばん聴いたのがLIFEHOUSEである。

 どこか荒っぽくてざりざりに汚れたサウンドと、現代的に洗練された美しい楽曲が信じられないバランスで両立しているバンドで、キャリアが深まるにつれてヘヴィさが薄れてどんどんポップになっていくのでだいぶ評判を落とすのだが(そっちも僕は好きだが)、この3rdの「イエローアルバム」は両方の魅力が最高点で結実した傑作だ。ホワイトアルバム現象の直近の好例として、全力でおすすめする。もっと日本でも売れろ。

 

       * * *

 

 本題が済んだところで謝罪しておきたい。

 もちろんホワイトアルバム現象などという言葉は100%僕の捏造でありどこの業界にもそんな言葉は存在しない。すみません。上記のLIFEHOUSELifehouseをイエローアルバムと呼ぶ人も……いることはいるだろうが……そこまで普及はしていないだろう。

 たとえばDEF LEPPARDのDef Lepard(11thアルバムだ)なんて、傑作だけど別に色の名前では呼ばれていない。

デフ・レパード

デフ・レパード

 あと、角が立つので具体例は挙げないが、特に傑作ではないSelf-titled Albumもたくさんあります。

 

       * * *

 

 そして最後に。

 ミュージシャンのみなさん、デビュー作じゃないSelf-titled Albumはマジで検索性が悪いので、このネット時代にはちょっとやめておいた方が……と思います。

通ぶりたい人のためのQUEEN名曲10選

 せっかく埃を払ったブログなので新規記事を書くことにする。

 映画『ボヘミアン・ラプソディ』が大ヒットしてからずいぶんたった。日本にも五回目だか六回目だかのQUEENブームが到来したという。
 新規ファンが増えるのはいいことだ。ところでQUEENを最近聴き始めたという諸君の中に、「映画から入ったにわかだと思われたくない」「昔から聴いていた通なファンだと思われたい」といった歪んで肥大した自意識をお持ちの人はいないだろうか。きっといるはずだ。僕がそうだから間違いない。

 QUEENで好きな曲を訊かれたときに"Bohemian Rhapsody"としか答えられなくて恥をかく……なんて嫌でしょう? そんなあなたのために、古参と話していても一目置かれるようなおすすめ曲リストをつくった。

 超有名曲、大ヒット曲などは当然ながら丁寧に外した。ベストアルバム収録曲もなるべく避けた(が、これは完璧にとはいかなかった)。通ぶって蘊蓄をたれられるように解説もつけた。これであなたも四十年前からQUEENを聴き込み続けてきたかのように振る舞えるぞ!

 

1. Fairy Feller's Master-Stroke / Nevermore


 2ndアルバム"QUEEN II"からまずは2曲。

 古参QUEENファンの間で人気投票をすると"A NIGHT AT THE OPERA"を抑えて一番人気になってしまうことで有名な2nd。とくにそのSIDE BLACK、フレディ作曲のナンバーが組曲風に続くパートが人気を集めており、中でも"Bohemian Rhapsody"の前身とも呼べるような長大なクラシック風の"The March of The Black Queen"がとかく注目されがちなのだが、これは日本限定ベストアルバムにも収録されてしまって通ぶれないので回避。僕がおすすめするのはこちらの小品。つながった2曲なので続けて聴くこと。
 ぎっしり中身の詰まったファンタスティックコーラスナンバーと、ピアノ&歌のみの短いバラードのメドレーで、セカンドアルバムにしてすでにQUEENというバンドがとてつもない高みに到達していることがわかる。

 

2. Bring Back That Leroy Brown


 3rdアルバムといえばなんといっても2曲目の"Killer Queen"だが、2ndアルバムまでを聴いてみんなが期待していたQueenはそこでいったん完結してしまう。バンドメンバーもそんなようなことを言っている。だから3rdアルバム"SHEER HEART ATTACK"は3曲目以降かなり実験的な曲が続く。その中でもひときわ異彩を放つのがご紹介するこの曲で、なんとばりばりのカントリー&ウェスタンなのである。
 そうはいっても最初から最後まで濃厚なコーラスとピアノがぎっちり組み込んであるため、どこからどう聴いてもQUEEN。なんでもやれるがなにをやっても自分たちのサウンドになるという、クリエイターの個性としては最高の資質が迸る逸品である。

 

3. The Prophet's Song


 いよいよ4thアルバム"A NIGHT AT OPERA"に踏み込む。あの"Bohemian Rhapsody"が収録された稀代の名盤である。といってももちろん"Bohemian Rhapsody"をすすめたりはしない。QUEEN通を自負する人間は"Bohemian Rhapsody"を推したりしたら恥ずかしさで死んでしまう。"Bohemian Rhapsody"に対するQUEEN通の態度といえば「ああ、うん、有名だよね、QUEEN入門としてはいいんじゃないの? 色んな要素が入ってるからデパ地下の試食巡りみたいな曲だよね」くらいの冷淡さで然るべき。
 おすすめ曲に話を戻すが、これは6分というかなりの長さで知られる"Bohemian Rhapsody"をはるかに超える8分半、QUEEN最長の曲である。この蘊蓄も通ぶるのに使えるのでチャンスがあったらぜひ披露してみていただきたい(ただし"MADE IN HEAVEN"の最後に収録された様々な音素材の詰め合わせトラックが22分という長さなので、これは例外としないといけない)。中間部に、ぴったり2拍分のディレイを使ったア・カペラ・カノンが組み込まれており、これがもう芸術的である。また、長さのわりには素直な三部形式で全体的に均整が取れており、"Bohemian Rhapsody"のような散漫さ・奔放さはない。ブライアン・メイの生真面目さが感じられる端正な聖歌である。

 

4. Good Old Fashioned Lover Boy


 5thアルバム"A DAY AT THE RACE"からはこの曲。
 ベストアルバムにも収録されてしまっているので選ぶのはかなり心苦しいが、絶対に外せないので歯を食いしばっておすすめする。
 QUEENの中でいちばん良い曲は? いちばん好きな曲は? といった質問には答えようもないが、いちばん完成度の高い曲は? と訊かれたら自信を持ってこの曲だと答える。メロディからコード進行、アレンジから構成、プレイまで含めてなにもかもが完璧。この世にこんな完成度の音楽が存在しうるのかと震えるほどである。

 

5. Spread Your Wings


 6thアルバム"NEWS OF THE WORLD"といえばオープニングナンバーの"We Will Rock You"と"We Are The Champion"がとにかくぶち抜けて有名だが、そこを通り過ぎるととたんにマニアックで地味な曲が最後までずっと続く。中でも埋もれた名曲がこれ。QUEENらしいコーラスは一切なく、パワフルでシンプルなコード進行にフレディのリードヴォーカル一本。ソングライターとしてのジョン・ディーコンの才能がまさに開花しようとしている予感にあふれている。

  

6. Sail Away Sweet Sister

 

 QUEENにとっての大きな転機となったアルバム"THE GAME"。
 どういう転機かというと、ひとつにはアメリカでめっちゃ売れたこと。そしてもうひとつは、このアルバム制作と前後してシンセサイザーを導入したこと。初期のQUEENは、ブライアン・メイの独特なギターオーケストレーションシンセサイザーを使ったものだと誤解されたくなくてライナーノートにわざわざ"No Synthesizers"と書いていたくらいなのだが、中期に至ってついに着手。
 といってもシンセサイザー導入過渡期のアルバムなので、今回おすすめするこの曲は昔ながらのバンドサウンド。そしてお聴きになればわかると思うが、リードヴォーカルがフレディではなくブライアン・メイである。まったく個性のちがう卓越したヴォーカルが三人もいるのがQUEENの売りのひとつなので、メイの歌う曲は外せない。切なく骨太なロックコーラスはメイの真骨頂といえよう。

 

7. These Are The Days Of Our Lives


 そしてここで一気にラストアルバム(フレディ生前の)である"INNUENDO"に飛ぶ。なぜかというと、うむ、まあ、後期のアルバムの名曲というのはだいたいみんなベストに入っている有名曲になってしまうからだ。
 アルバム"INNUENDO"はフレディが病魔に冒されてもう先が長くないという状態で、少しでも多くの作品を残したいという焦燥に駆られて制作された一枚で、この曲もMVをご覧いただければわかるとおりフレディの痩せ細った姿はもうすでに半分彼岸にいるかのようである。QUEENとしては珍しいコンガを使ったノスタルジックなリズムパターンに乗せられて歌われるメロディは限りなく美しい。フレディの白鳥の歌である。

 

8. Show Must Go On


 そして"INNUENDO"のラストナンバー。
 ブライアン・メイ渾身の作で、キーが高くメロディの息が長いとてつもない難曲だったが、フレディは驚異の一発録りで歌いきったという。絶唱、という言葉がこれほどふさわしい歌が他にあるだろうか。
「ショウは続けなければ……心臓が止まりメイクが剥げ落ちても笑顔だけは消さずに」という詞があまりにも切実。この歌をもって、フレディは旅立った。さよならは言わず、舞台から下りることなく、ショウを続けたまま、エンターテイナーの仮面をつけたまま。

 

9. Let Me Live


 だからここからの2曲は蛇足となる。
 フレディの死後に発表されたアルバム"MADE IN HEAVEN"は、未完成素材やフレディのソロ曲などを、残ったメンバーであれこれ補完して仕上げた曲ばかり集めた一枚。有名な"I Was Born To Love You"も元々はフレディのソロアルバムに収められた曲だ(余談だがソロバージョンのアレンジはめちゃくちゃダサい)。
 この"Let Me Live"も、中期アルバム"THE WORKS"の候補曲として仮レコーディングされたもののお蔵入りになっていた一曲だという。フレディの歌がワンコーラス分しか録音されていなかったため、2コーラス目をロジャーが、3コーラス目をメイが歌っている。期せずして、3人が順繰りにリードヴォーカルをつとめたQUEEN中唯一の曲となった。これがもう最初からそういうふうに作ったのではないかと思えるほどぴったりはまっていてかっこいい(どうやらロッド・ステュアートとのコラボ曲の予定だったようである)。時を超えて完成したパワフルなゴスペルロックである。
 この曲には個人的にも思い入れがある。僕がまだQUEENをよく知らず、アルバムも2枚くらいしか持っていなかった頃、ふと立ち寄った吉祥寺のレコード店でこの曲を聴いたのだ。あれ? QUEENだよな……でもフレディじゃない人も歌ってる……あとコーラスがなんか女声も入ってて……なんだこれ? と様々な疑問が湧いてきて、家に帰って調べてみたらフレディがつい先頃病死していたことを知ったのだ。僕がほんとうの意味でQUEENと出逢った一曲である。

 

10. No One But You


  そして正真正銘、QUEENのラストナンバー。
 フレディの死後、残った三人だけで完成させた、別れの歌。この曲をもってジョン・ディーコンはミュージシャンを引退し、以降まったく表舞台に出ていない。
「他のだれでもなく、ただきみのために泣いている……」
 ロジャーとメイの乾いて錆びた歌声が胸に迫る。

 

 以上、QUEEN通ぶりたい人のための10選をお届けした。

 最後に。10曲ぽっち聴いて通ぶれると思うな! アルバム全部買って全部聴け!

楽園ノイズ楽曲解説

 ということで発売中である。 

楽園ノイズ (電撃文庫)

楽園ノイズ (電撃文庫)

  • 作者:杉井 光
  • 発売日: 2020/05/09
  • メディア: 文庫
 

  久々の青春音楽小説で、久々の楽曲解説。長らく止まっていたこのはてなブログの埃を払うことになった。

 

○凛子編

・河口(團伊玖磨


 混声合唱組曲筑後川』の終曲。
 高校で音楽選択をとった人なら知っているだろうが、『大地讃頌』と並んで中高生の合唱の必修みたいな位置づけの歌である。左手はオクターヴで跳躍し右手は重たい四和音を叩きまくるクッソ難しい伴奏がついていて、僕もちょっと挑戦してみたが早々にあきらめた。伴奏役を割り振られたクラスメイト女子のピアノ経験者も泣きそうな顔で放課後ずっと練習していて、その記憶が『楽園ノイズ』の着想の出発点となったふしがある。だから作中での登場のしかたはとてもさらっとしているが、実は重要曲だったりする。

 

・信じる(松下耕


 こちらは谷川俊太郎の詩に曲をつけたもの。これも合唱曲としてはかなり人気曲らしいのだが日本の合唱曲に全然詳しくない僕は恥ずかしながら知らなかった。作中にとにかく伴奏が難しい合唱曲を出したい、『河口』だけではさみしい、と思って調べて出てきたのがこれである。『河口』のような派手さはないがこれまた任されたら絶対に苦労しそうな伴奏。ピアノソロになる部分がやたらと多いし。

 

カルミナ・ブラーナカール・オルフ


 これは「みんな聴いたことはあるけど曲名を知らない」やつの中でも最上位の部類に入るのではないだろうか。作曲者オルフは二十世紀前半、比較的新しい時代に活躍した作曲家なのだけれど、聴けばわかるとおり前衛には特に染まらずシンプルで力強い調性音楽を書き続けた。でも全然古くさくないのである。実際このカルミナ・ブラーナの超有名な冒頭部は色んな映画やドラマで使われまくっている。かっこいいからな!
 あとこの冒頭部、楽譜もすさまじい。拍子記号は書かれていないのだが「3/1拍子」なのだ。そもそも小節一つ分の音の長さを表すのが全音符なのにその全音符が一小節内に三つおさまっているのである。さらにすごいことに、曲調からしてどう考えてもその書き方が最適だとはっきり感じられてしまうのだ。

 

・練習曲op.25第1番変イ長調"エオリアン・ハープ"(フレデリック・ショパン


 これでもかというくらいショパンらしい難曲。その通称どおり、ハープをかき鳴らしているかのような贅沢なアルペッジョが最初から最後までずっと続く。コーダのアルペッジョなんかもう笑うしかないくらいハープである。いかにもコンクール映えしそうな曲で、実際選ばれることがとても多い。

 

ピアノソナタ第21番変ロ長調フランツ・シューベルト


 この小説を書くにあたって、凛子というピアニストにどんな曲を弾かせようか、と考えあぐねていたときに出逢ったのがこの曲。作中の主人公が言っているように僕はシューベルトと真面目に向き合ったことがなかったので、かなり衝撃だった。
 こんな曲を三十代で書いてたんだぜ? 信じられない。こんなの書いてたらそりゃ若死にするよ。実際彼はこれを書いた二ヶ月後に死んでいる。
 侘びることも寂びることもなく、ただ美しいまま枯れた作曲家。それがこの曲を聴いて固まった僕のシューベルト観である。

 

・サルヴェ・レジーナ(フランツ・シューベルト


 聖母マリアを讃える無伴奏アンティフォナ。まさに天上の音楽。どうだろう、これの伴奏に、前出のピアノソナタ第21番を添えるというのは、なかなか悪くないアイディアだと思うのだが。だれか試してみてくれないだろうか。
 シューベルトはもう一曲サルヴェ・レジーナを書いており、そちらは弦楽伴奏とソプラノ独唱によるもので、僕にはまったく響かなかった。そもそも僕はクラシックの独唱曲が全般的に好きではないのである。これまでシューベルトを食わず嫌いしてきたわけである。

 

・God Bless the Child


 ビリー・ホリデイの歌をピアノトリオにアレンジしたものだが、はっきりいって原型をほとんど留めていない。僕がはじめてまともに聴いたジャズであり、父の蔵盤の中の一枚だった。その後、「教養を広げなければ……」という不純な動機からモダンジャズの有名どころを何枚かかじってみたが、どうにも僕には合わなかった。だから僕が心の底から気に入ったジャズナンバーはこの曲だけである。たぶんドラムスがわりとなじみのあるバックビートだから聴きやすかったのだろう。

 

○詩月編

・Good Time Bad Time(Led Zeppelin


 ツェッペリンのデビューアルバムに収録されたごきげんナンバー。リズム隊がかっこよすぎる。この動画で叩いているのはボンゾの息子さん、ジェイソン。親父そっくりだと絶賛されたらしいのだが、僕は正直なところドラムスを聴いて細かい特徴がわかるほどの耳は持っていないのでノーコメント。
 ただ、この2007年の伝説的な再結成ライヴはほんとうにすごいパフォーマンスで、アルバムにもなっているのでおすすめ。

 

ピアノソナタ第1番ヘ短調ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン


 ベートーヴェンの記念すべきピアノソナタ第1番。いきなりヘ短調で四楽章構成というやる気満々の曲で、たぶん発表当時かなり話題をさらったことだろう。動画はその終楽章で、実際に凛子と詩月がセッションしている部分。
 人気曲なのだが、なんかみんなベートーヴェン短調の激しい曲だからって雰囲気に押し流されてないだろうか? 僕はこの曲を聴くと「こなれてない感」をものすごく嗅ぎ取ってしまう。

 

・Creep(Radiohead


 ところであなたは「実は良さが理解できないが話題についていくためとかファッションのためとかで新譜を買い続けているバンド」というものがあったりしないだろうか? 僕はある。レディオヘッドだ。
 レディオヘッドに対する僕の見解は、だいたいノエル・ギャラガーと同じである。『KID A』以降ぜんぶ同じに聞こえて良さがよくわからん!
 レディオヘッドで一番好きなのは"Creep"です、と正直に申告しづらい空気はたしかに存在する。そんな発言をしたらにわかだと思われるし、レディオヘッドのファンはことさらにわかに厳しそうな気がする(偏見)。でもここは自分のブログだし嘘をついてもしょうがない。この曲が一番好きです。みんなこの曲を聴いてぶっとんで、憧れて、こんな感じの曲を作った。そういう時代だったのだ。

 

○朱音編

・Same Side(WANDS


 この曲の存在を教えてくれたのは鏡貴也である。僕が作家バンドを組んでいた頃のことだ。僕はそれまでWANDSのことを大して知らず、織田哲郎の手駒のひとつでしょ? くらいの大変失礼な認識しか持ち合わせていなかった。だからこの曲でほんとうに後頭部をぶん殴られたくらいの衝撃を受けた。
 そして時は流れ、作中に登場させるにあたってはWANDSに関してあることないことを脚色しまくって書いた。まあどうせ解散したバンドだし、とたかをくくっていたら、なんと再結成してしまったのだから世の中なにが起きるかわからない。
 でもそこに上杉昇はおらず、この日本式グランジの到達点はついにどこにも受け継がれなかった。残念きわまりない。

 

・Back in the U.S.S.R.(the Beatles


 ホワイトアルバムのオープニングナンバー。ホワイトアルバム制作時のビートルズはメンバーの仲が最悪の状態で、スタジオに全員そろうことがほぼなかった。この曲も、ポール・マッカートニーリンゴ・スターのドラミングを気に入らずにねちねち文句を言ったため、激怒したリンゴは出ていってしまったという。温厚で知られるリンゴがそんな暴挙に出るくらいだからポールはよほどのことを言ったのだろう。幸か不幸かポールはだいたいの楽器を使いこなせてしまう天才だったので、自分で叩いた。お聴きの通り、実にそつなく叩けている。文句があったら自分でやれよ! といったらほんとうに自分でやってしまったわけで、そりゃ解散するのも当たり前である。

 

 この小説は10章立てなのだが、「凛子編」「詩月編」「朱音編」「美沙緒編」「エピローグ」に分かれている。それぞれのキャラが映ったスマホの扉絵が挿入されているのでおわかりかと思う。そしてエピローグのスマホにだけ、だれも映っていない代わりにQRコードが添えてあることにお気づきだろうか。これ、作中の描写に合わせてイラストレーターの春夏冬ゆうさんがとても素敵な仕掛けを仕込んでくれた。実際にスキャンできるのである。
 気づいた人だけがたどり着けるのが洒落てていい……という気もするけれど、一方でだれにも気づかれないとさみしい……という気もするし、落としどころとしてブログ記事の最後にこっそり書いておくことにする。

 最後まで読んでくださってありがとうございました。

 

さよならピアノソナタep楽曲解説

 超絶久々にこのブログを更新する。

 よく見てみたらさよならピアノソナタのencore piecesの楽曲解説が未掲載のままだった。発掘してきたので再掲。

 

●"Sonate pour deux"

ピアノソナタ第31番変イ長調ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

 
 これは、話の核となっている架空のソナタのモデルになった曲である。リンク先はグールドが弾く三楽章で、僕が最も好きなピアノ曲でもある。嘆きの歌というカヴァティーナ風の部分とフーガの二部構成になっているが、最後はフーガから離れてたいへん華々しいコーダに発展する。
 正直僕はベートーヴェンのフーガがそこまで好きではない。主題がだいたいつまらないからだ! つまらない主題をすさまじく巧妙に使い倒すのがベートーヴェンの真骨頂だと言えなくもないが(第五交響曲とかその極みだろう)、この変イ長調のフーガは例外。主題もとても美しい。

 

・愛の挨拶(サー・エドワード・エルガー


 真冬がナオの部屋で最初に弾いてくれたピアノ曲エルガーは世間的には「威風堂々」の第一番でしか知られていないと思うが、愛の挨拶は、かなり離された二番手か三番手くらいに有名な曲だろう。後に奥さんとなる女性へのプレゼントとして作曲された小品。適度に短いのでアンコール・ピースとして人気が高い。

 

ピアノソナタ第29番変ロ長調ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

 
 真冬が二番目に弾いてくれたナオのリクエスト曲。ベートーヴェンの作品中最も巨大なピアノソナタで、演奏時間が長いだけでなく集中力を切らさないことと長大なスパンで曲を解釈しなければいけないことから、ピアニストにとっての「壁」とか「山」とか呼ばれている。現在の研究では、第三楽章までと第四楽章とがそれぞれ音域のちがう二種類のピアノを使い分けて作曲されたらしいとわかっており、どうやら作曲された当時この曲を通して弾ける人間は存在しなかったようである。さすがピアノという楽器と競いあい磨きあいながら進化してきたベートーヴェンである。
『ハンマークラヴィーア』という通称で知られているが、これはベートーヴェンが晩年、なるべく音楽用語にもドイツ語を使おうという思想に傾いて、「28番以降のピアノソナタは全部ハンマークラヴィーアソナタと題するように!」と出版社に命じたのがなぜかこの第29番にだけ適用されちゃったことから後世において通称として固まってしまったもの。ベートーヴェン、あの世で怒り狂っているのではないだろうか。

 

・Nothing But Love(MR.BIG


 哲朗がいきなりかけた曲。MR.BIG中期の名曲。こういうストリングスざくざくのパワーバラード、僕は大好物である。だからナオも大好物。しかし選曲に特に意味はなく、話の流れからそのまま曲名を連想しただけである。
 最近の僕は作品中にこうやって曲を登場させることはしなくなった。若気の至りな感じの音楽使用である。


●翼に名前がないなら

・C'mon Everybody(エディ・コクラン

 

 三人フェケテリコの最初のジャムセッション曲。ロカビリーの古豪、エディ・コクランの超スタンダードナンバーのひとつ。この清々しいスリーコードのみに力強いコーラス。いったいどれくらいたくさんカヴァーされたのか見当もつかない。
 でも僕はたまにこの曲とSummertime Bluesの区別がつかなくなる。

 

○Love & Affection(Def Lepard)

 
 三人フェケテリコの二番目のジャムセッション曲。二千万枚売れたデフ・レパード最大のヒットアルバムのラストナンバー。アルバムに先行して作られたらしく、ボーナストラックにはこの曲のライヴ版が収録されている。つまりリック・アレンがまだ両腕そろっていた頃の曲だ。
 リック・アレンがどれだけとんでもない人かというのは以下の動画でちょっとわかる。



・イタリア協奏曲(ヨハン・セバスティアン・バッハ


 橘花が買った真冬のアルバムのタイトル曲。バッハの鍵盤楽曲の中でも非常に人気の高い一曲。短くコンパクトにまとまった三楽章、くっきり引き立つ声部、躍動感にあふれた曲調で、バッハの生前も例外的に人気があった(バッハは曲が先進的すぎたために存命中は作曲家としてはぜんぜん評価されていなかったのだという)。
 当然ながらバッハの時代なのでピアノではなくチェンバロのために作曲されている。一応、ピアノフォルテという原型となる楽器はあったのだが、まだまだ質が悪く、バッハはまったく興味を示さなかった。
 真冬の演奏ということでいつも通りグールドの演奏をご紹介。これだけを聴いてもそうとはわからないだろうが、かなり異端の演奏である。普通は第一楽章をもっと速く、第三楽章をもっと遅く弾く。でもグールドを聴いてしまうと「こういう曲なのだ!」と納得させられてしまうから怖い。


●ステレオフォニックの恋

・ヴァイオリンソナタ第7番ハ短調ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン

 
 ユーリと真冬がレコーディングしようとしていた一曲。いかにもベートーヴェンハ短調な曲で、ヴァイオリンソナタの中ではおそらく5番9番についで人気のある曲ではないだろうか。ただ、やはり9番クロイツェルに比べるとだいぶ素直さが目立つ。ヴァイオリンとピアノの役割分担がきっちりしていてぶつからないのだ。クロイツェルは唖然とするくらい両者のユニゾンが多いので、曲調はやや似ていても対照的。

 

○Wednesday Morning, 3 AM(ポール・サイモン


 表題曲。これは作中の解説にもあるとおり、ほんとうのほんとうにとくべつな曲である。ぜひ、ユーリと同じようなやりかたで、ヘッドフォンかイヤフォンで聴いてみていただきたい。
 僕は高校時代この曲を一個下の後輩Hくんとのデュオでレパートリーにしていた。僕ごときが歌っても大したものに聞こえてしまう、掛け値無しの名曲。


●最後のインタビュー

Kashmir(Led Zappelin)

 
 もう三度目の登場。解説は一巻のときにしたので割愛。
 開放弦だけでこの曲のベースを弾くのは無理、という話も一巻のときにした気がする。


●だれも寝てはならぬ

○だれも寝てはならぬ(ジャコモ・プッチーニ

 表題曲。世界一有名なオペラ・アリアといっても過言ではない……のだが、この曲を有名にしたのはサッカーW杯のプロデューサーだそうで、中継番組のときにパヴァロッティが歌うこの曲をかけまくっていたら史上もっとも売れたクラシックのシングルになってしまったとのこと。まあ、そんな幸運も大きいのだろうが、曲自体のパワーもやはりすさまじい。ヒットするだけの理由はじゅうぶんにある。テノール歌手にとっては非常に重要な一曲。
 ということで哲郎が実際に聴いていたマリオ・デル・モナコの音源にリンク。

 

 これにて、ピアノソナタ曲目解説もラスト。

『楽園ノイズ』もよろしくお願いします。

東池袋ストレイキャッツ曲目解説

東池袋ストレイキャッツ (電撃文庫)

 発売中である。いつものように曲目解説。第1話と第2話には実在する曲名は出てこないので第3話から。
 ミウがハルにリクエストしたのはもちろんこの曲だ。

 恥ずかしながら僕もジョン・デンヴァーはこの一曲しか知らない。みんなそうだよね? ね? ファンの方々には申し訳ない。

 そして章題の由来にもなったのはこの曲。

 ELOはスタジオ盤よりもライヴ音源の方が断然素晴らしいバンドである(なぜかライヴの方がたくさんハモる不思議なバンドでもある)。この曲、「古き良き」を百回くらいくっつけたくなるようなオールドファッションなディスコナンバーで、「あのELOも当時の流行に呑み込まれてしまった……」みたいな否定的な文脈で語られることが多いかわいそうな曲なのだが、そういう方はぜひともライヴ盤を聴いてもらいたい。

 第4話、まずはこの曲。

 言わずと知れたポリスの大ヒット曲。BBCの調査によると、「史上最も著作権で多く稼いだ曲」のTOP8だそうで、どれだけ世界中のラジオやテレビで流されたかわかったものではない。ポリスは決して一発屋ではなく、出す音源すべてメガヒットさせたビッグネームなのだけれど、そのポリスの売り上げの三分の一がこの曲によるものなのだそうだ。
 そしてもう一曲。

 こちらも言わずと知れたベン・E・キングの大ヒット曲。前述のBBCの調査のTOP6だそうだ。
 それが、

 こうなる。
 マッシュアップの組み合わせとしては間違いなく最も売り上げ合計額が高い二曲ではないかと思う(だからどうしたというものでもないのだが……)。文中でさらっと「コード進行も同じ」などと書いてしまったが、実際はポリスの方はチューニングが半音下げである。あとキングの原曲もチューニングがほんの少し低い気がする。
 このコード進行の一致は奇蹟でもなんでもなく、I - VI - IV - Vという循環は黄金進行のひとつだ。たとえばVAN HALENの一時期のヒット曲のサビはみんなこの進行でできている。

 この曲などは同じくキーがAメイジャーだしテンポも近いのでがんばればマッシュアップできると思う。
 キングとポリスのマッシュアップがほんとうに奇蹟たるゆえんは、史上最も有名なベースリフとギターリフの組み合わせであるという点に尽きる。ところが世に出回っているマッシュアップは残念ながらポリスのアレンジにキングの歌をのせるというものがほとんどだ。音源のビートの強さからしてしょうがない面もあるので、どなたかぜひ、実演でこの二曲を組み合わせていただきたい。

 第5話。
 ミウがハルにリクエストしたのはこの曲。

 文中では興ざめなので特に解説しなかったが、あくまでも「アルバムの最後の曲」であって「最後にライヴで演った曲」ではありません。というかREVOLVERの曲はすでにスタジオ技術を駆使しすぎてステージでは再現できなくなっており、ライヴでは一曲も演奏されていない。

 ミウがステージで最後に演ったのはこの曲。

 文中では興ざめなので特に解説しなかったが、あくまでも「アルバムの最初の曲」であって「屋上ライヴの最初の曲」ではありません。しかしこの一発録りの緊張感あふれる演奏はたまらない。

 最後に登場するミウのシングル曲は、もちろん実在しない。しかしモデルとなった――というかこの話の着想元となった曲は存在する。
 これだ。

 ここ十年間で発表された日本の楽曲の中でも、まず間違いなく最もすごい曲だろう。
 なにがそんなに(売り上げ以外にも)すごいのか? 解説する前に、少し考えていただきたい。この「キセキ」のサビはどの部分だかわかるだろうか。おそらくだいたいの人は、「二人寄り添って歩いて〜」の部分だと答えるだろう。
 ところが、みなさんがBメロだと思っているこの部分は、サビだと思われている部分の後半で回帰する。コード進行もBメロとサビはほぼ同じである。
 つまり「キセキ」は、出てくるフレーズを順番通りに解釈するとA - B - B'という不思議な構成を持っている曲ということになる。
 だが待ってほしい。そもそも、サビをサビたらしめる要素は構成うんぬんではなく、なによりも雄弁な「ここがサビだ!」という存在感を持つメロディではないのか。そして、「キセキ」のメロディをぱっと思い浮かべろと言われたら、やはり大多数の人は歌い出しの部分が出てくるのではないだろうか。
 もうひとつ注目していただきたい。1コーラス目の終わりだ。すぐに2コーラス目の歌い出しにつながっている――というよりも、ここが1コーラス目と2コーラス目の切れ目ではまったくないように聞こえる。
 もうおわかりだろう。「キセキ」のサビは歌い出しの部分だ。サビを最初に演ってからAメロに入る、一時期の小室哲哉が多用していたあの構成である。なぜ一聴してそう聞こえないのかといえば、ひとつめの理由はもちろんアレンジでA < B < B'と盛り上げているからだが、もうひとつの理由はBとB'のメロディもAに劣らないサビ級のキャッチーさを備えているからだ。つまりこの曲は三曲分のサビをぶち込んであるのだ。奥田民生あたりは「キセキ」を聴いて「もったいねえ!」と叫んだにちがいない。俺ならこの三曲分のアイディアで三曲作って三倍売るわ、と。

 そんなことを考えていたら、この第5話のアイディアにつながった。
 僕自身も、三曲分あるなら三曲にして聴かせてほしいな……と思ってしまうタイプだが、そういう節約的な考えではこの「キセキ」は生まれなかったわけだ。GReeeeNに深く感謝したい。



 最後に、カケラバンクのいちばん好きな曲を紹介しておしまいとさせていただく。

 二人がまた一緒に歌ってくれる日を、ずっと待っています。

こもりクインテット!(1)曲目解説

 単行本第1巻発売中である。
 毎度のように登場楽曲解説といきたいところだが、実は僕は(原作者のくせに)こもりクインテットの五人がいったいどんなサウンドを奏でているのかうまく想像できない。というか、このバンドの編成はあきらかに無理がある。擦弦楽器(弦をこすって音を出す楽器)はアタックが弱いので、必然的にビートを刻むのに向かない。作中の、特に典子とこよりはかなりものすごい弾き方をしているものと思われる。
 連載が始まる前に、担当編集に「この五人は具体的にどんな感じの音楽をやっているのでしょうか?」と訊かれ、だいぶ困った。窮余の策として挙げたのはsugar soul feat. Kenjiの"Garden"であった。

 第1話のクライマックスで五人が演っている曲がこれなのか? と問われると自信を持ってYESとは答えられないのだが、雰囲気を理解してもらうために適した曲ではある。

 なお、第1話の中盤でブレーメン・カルテットとして四人が演奏した曲は、ドヴォルザークの"アメリカ"。

 実際の曲をモデルにした方が演奏シーンが描きやすい、ということを第1話の時点では僕の方が考慮していなかったため、この曲だけTivさんが選んだ。民俗音楽をアレンジさせたらドヴォルザークの右に出る者はいない。開拓者時代のアイオワの夜明けが鮮やかに目に浮かぶような名曲である。

 第2話の演奏曲はこちら。

 映画『ゴッドファーザー』の"愛のテーマ"として知られる情感たっぷりなこの曲が、なぜ日本で暴走族の定番曲になってしまったのか、はっきりとした理由はわからない。バイクに取りつける六連ホーンの音階(ミファソラシド)で奏でられる有名曲がこれしかなかったから……というのが最も説得力のある説だ。

 第3話で最後にこよりとチカがリズムバトルする曲は、作中に曲名こそ出ていないものの、はっきりとモデルとなる曲をTivさんに指定した。驚くなかれ、MUSEの"Hysteria"である。

「史上最高のベースリフ」にも選ばれたこの激烈な十六分音符の乱舞を、コントラバスで弾けるわけがない。だが漫画ならできる。漫画最高!

 第4話で珠緒が練習しているのはバッハの「無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータ」から、パルティータ第1番ロ短調
 

 珠緒はバッハ大好きの設定。
 一方、母親に地獄耳で聞きつけられてしまった課題曲は、順に以下の通り。

LED ZEPPELIN "Black Dog" 

JIMI HENDRIX "Little Wing"

CREAM "Crossroads"

AEROSMITH "Sweet Emotion"

 こもりクインテットが演れそうなのはエアロスミスくらいだろうか。つくづく、ギターという楽器はビートを刻むために最適なのだと痛感させられる。
 しかし彼女たちの挑戦はまだまだ続く。第2巻にもご期待ください。