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音楽エッセイ

楽園ノイズ2楽曲解説

 おかげさまで2巻発売。 

楽園ノイズ2 (電撃文庫)

楽園ノイズ2 (電撃文庫)

  • 作者:杉井 光
  • 発売日: 2021/05/08
  • メディア: 文庫
 

 

 いつものように作中に登場する楽曲を紹介していこう。

 

○凛子編

ピアノ協奏曲第2番ト短調プロコフィエフ


 この凛子編は、クラシックピアニストとしての凛子にもう一歩踏み込もう、ということで構想したピアノ協奏曲エピソードであり、構想時間のほとんどを「選曲」に費やした。

 バンドでピアノ協奏曲を演るという無茶を成立させるには、やはりなるべく新しい時代の曲である必要があった。古典的で厳格な調性音楽の響きはバンドサウンドで演ると高確率でお笑いになってしまう。

 しかし協奏曲というのはそもそもがかなり前時代的な楽曲形態である。現代音楽のピアノ協奏曲をまず探してみたが、数が少ない上に、ろくなのがない(キース・エマーソンのピアノ協奏曲という一見最適そうなのがあるのだが、残念ながらこれは純然たるクラシック志向の曲だった)。慎重に慎重に年代を遡っていって、ようやくたどり着いたのがロシア音楽の麒麟プロコフィエフだ。この第2番は彼が音楽院在学中に書き上げた気負いの塊のような力作で、自らもピアノの名手であったことからピアノの比重がとても大きく、オーケストラは添え物である。だからこそギターアレンジする余地があるだろう、と判断した。もちろんそれ以前に選曲の決め手となったのは、作中にも書いた通りイントロのピツィカートである。ここだけは真琴の演奏がありありと想像できる。

 実際にピアノの演奏が始まって以降は、はてさて一体どう料理したのか、さっぱり想像がつかない。きっと朱音なら、そしてエレクトリックギターなら、なんとかしてしまったにちがいない――と想像の世界に丸投げした。

 音楽の世界に最後に起きたエポックメイキングはエレクトリックギターの出現であり、それ以来新しいものは生まれていない――とは、音楽プロデューサーの故・佐久間正英氏が生前最後のインタビューで語っていたことだ。僕もこれに全面的に同意する。単に既存の楽器に電気を導入したというだけではない、それはひとつの宇宙の誕生であり、ピアノの発明やオーケストラの完成に匹敵する音楽史上の跳躍点だった。だから、なんとかできるはずだ。そう祈りを込めてこの章を書いた。

 

○詩月編

・Cleopatra's Dream(バド・パウエル


 ビバップの旗手バド・パウエルの、日本でだけ謎に評価の高いオリジナルナンバー。メロディ素材は二つとも耳に残る印象的なもので、ブラシのみを用いたドラミングも含めていかにも洒落たジャズピアノトリオ!という感じだ。聴いたことがある人も多いのではないだろうか。ドミナントとトニックを行ったり来たりするだけのシンプル極まりないコード進行のおかげで、大変聴きやすい。

 ジャズ通との会話でこの曲を出すと誇張ではなしに馬鹿にされるらしいのだが、音楽なんて聴いて心を動かされるかどうかがすべてなので気にせず楽しみましょう。

 

・Longing / Love(ジョージ・ウィンストン


 例え話のためだけに持ち出してしまって恐縮なのでここでご紹介。おそらくみんな曲名もアーティストも知らないが聴けば「あー、あー、知ってる知ってる」となる曲ではないだろうか。イントロが長いのでさっさと思い出したい場合は1:45あたりまで飛ばしてみていただきたい。

 ジョージ・ウィンストンというと、やはり通との会話で持ち出すと(リチャード・クレイダーマンほどではないにしろ)馬鹿にされるアーティストなのだが、先述したように音楽は聴いてどう感じるかがすべてなので通の言うことなんて無視しておけばよいのである。この曲もまた、イントロと中間部は冗長さが鼻につくものの、主部は文句無しの名作だ。

 

スーパーマリオブラザーズ 地上のテーマ(近藤浩治


 日本人が書いた曲の中で、間違いなく世界的に最も有名な一曲だろう。これほどポピュラーで親しみやすい曲なのに、よくよく楽譜を読み込んでみるとすさまじくブルージーなコード進行と旋律を備えていて、原曲の段階ですでにジャズのスピリットにあふれている。

 残念ながらピアノトリオのジャズアレンジは見つからなかったが、いちばんイメージに近いピアノソロによるジャズアレンジを見つけたのでご紹介。かっこいい!

 

Ruby, My Dear(セロニアス・モンク


 孤高の名手セロニアス・モンクのオリジナルナンバー。カルテットでも演奏しているが、やはりソロの方がこの曲は映える。

 モンクは後年、病気もあってセッション機会がどんどん減り、ピアノソロに傾倒していく。これが収録されたアルバムは完全ソロである。鍵盤をひとつひとつ分解して内部構造をあらためてまた填め直していくような晦渋なプレイはもはやだれも合わせることができず、必然の孤立だったのではと思わせる。

 

○朱音編

・In These Arms(BON JOVI


 朱音が徹夜で聴いていたのはこの曲である。

 輝かしき80'sを駆け抜けた後のハードロッカーが、爛れた90'sをそれでもまっすぐに生き抜くと決意表明しているかのような、痛ましいほど力強くまばゆいミディアム8ビート。僕はこれほどまでに臆面も恥ずかしげもなく"I NEED YOU"を叫ぶ歌を他に知らない。

 このMVでは最後かなり早めにフェイドアウトしてしまっているので聴けないが(シングル版だろうか?)、エンディングに現れる一節をここで引用しておこう。

Like the roses need the rain
Like the seasons need to change
Like a poet needs the pain
I need you
In these arms, tonight

 この一節が、《詞》にフォーカスする今回の朱音編の構想のきっかけとなった。脚韻も含め、日本語訳はどうやっても不可能だろう。

 作中の記述に沿って、それでもなんとか当てはめるとしたらこうだろうか。

ばらがあめを恋うように

ふゆがはるを呼ぶように

うたがこころ染むように

今宵あなたを恋い抱こう

 

 

 何度となく語っていることだが、僕はかつてミュージシャンを志していた。高校時代からバンドを組んでいたし、作曲もした。いつか自分がレコードを出す日を夢見て、アルバムの曲目リストをルーズリーフに書き付けてにやにやするという痛い真似もした(ミュージシャン志望の少年少女はみんな似たようなことをやったはずだ)。

 特に僕は、海外のバンドのアルバムでたまに見られる、同じタイトルの曲が盤内に二回登場して後者に"reprise"とつけられるのが好きだった。有名なところではSgt.Pepper's Lonely Hearts Club Bandとかだ。自分でも絶対にやろうと思っていた。

 残念ながら、音楽に対して真摯でなかった僕の夢は当然のようにあっさり破れたわけなのだが、そのささやかな埋め合わせとして、二十数年後の今、小説内でやってやった。もしかするとお気づきの方もいるかもしれないが、『楽園ノイズ』の各章題はアルバムの曲リストをイメージしている。(デザイナー鈴木亨氏には気づかれているふしがある。口絵の目次がものすごくそれっぽいのだ)

 そして今回の2巻では曲名そのまんまの章題も二つ入れた。ジャズだからカヴァーも収録、というわけだ。

 これをもって、我が少年期の夢の供養としたい。成仏してくれ。