音楽は稼いだ!!

音楽エッセイ

今日みたく雨なら

 『美味しんぼ』でよく使われる話のパターンに、「大昔の曖昧な記憶を料理の味で喚び起こす」というものがある。山岡士郎はきまってしたり顔で言う。味覚や嗅覚といった「鋭くない感覚」は、記憶と密接に結びついていることがある……。
 この蘊蓄がほんとうかどうかは知らないが、聴覚、つまり音楽に関しては僕にも思い当たる節がある。ある曲を聴いているときまって昔のある状況が浮かんでくるのだ。たとえば露崎春女のクリスマスソング"Wish"(これなどに収録されている)。クリスマスが近づくとローソンの店内放送で毎年のようにヘビーローテーションされていたので、当時アルバイトしていた僕は一日に何回も聴くことになり、今でもこの曲を耳にすると品出しや発注作業の記憶がふんわりよみがえってくる。当時曲名を知らなかった(なぜかDJが曲名を言ってくれなかったのだ)こともこの記憶の癒着に一役買っていたのかもしれない。曲を思い出そうとしても名前が出てこないので、かわりに聴いていた状況が関連記憶として出てきてしまう……という仕組みだ。

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 10年ほど前に僕が勤めていた雀荘は、店内BGMに有線放送を使っていた。
 有線放送のチャンネルの多くは喋りもなにもなくひたすら曲を流すだけなので、耳に残っているくせに曲名を知らない、という事態が頻発する。その曲の記憶も、そんな不幸な――けれどある意味では幸運な――巡り逢いのひとつだった。
 ともかく声もメロディもアレンジもなにもかもが特別だった。大げさにいえば、これは僕のために歌っている歌なのではないか、という気がした。とくに好きだったのは歌い終わった後の長く続くコーダでリフレインのたびに旋律的になっていくベースラインだった。その部分に差しかかると聴き入ってしまうので麻雀などに集中していられなくなり、見え見えの混一色にドラを打ち込んで一発で飛んだりしたこともあったが、それはまたべつの話。
 曲名がわからないので、雀荘をやめると同時にその特別な歌ともお別れとなってしまった。
 今なら「歌詞でぐぐれば済むだろう」と言えるが、10年前である。ネットへの意識がまだまだ低かった僕は、検索で曲名を探り出すという発想がそもそも出てこなかった。もう一度聴きたいと思いつつも、ニート生活に浸っているうちに記憶は埋没していった。

 だから、数年後に再会できたのはまったくの偶然だった。奇蹟といっていい。知り合いから借りたアルバムに入っていたのだ。

ベスト+裏ベスト+未発表曲集 - Cocco

 Coccoの"Raining"であった。

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 クイーンがいちばん好きだという話をすると意外な顔をされる、という話は前回の記事で書いたが、日本人でいちばん好きなミュージシャンはCoccoだという話をすると、意外な顔どころではなくきっぱり驚かれる。理由の説明がめんどうなので最近ではこの話はしないようにしている(かわりにブログに書いて説明の手間を省こうという魂胆である)。
 理由のひとつは明確で、Coccoの作詞能力の高さだ。

 洋楽を聴いて育ち、憧れ、やがて自分も曲を作るようになった人なら、おそらくだれでも心の底で実感していることだろうけれど、西洋音楽のメロディに日本語をのせることはとても難しい。音と詞の関係性が、ヨーロッパ諸語と日本語とではまったくちがうからだ。英語は音符ひとつに単語ひとつが基本なのである(映画『サウンド・オブ・ミュージック』にそういうせりふが出てくるのを憶えている人もいるだろう)。日本語でこんなことは普通できない。だからみんな苦労している。たとえば櫻井和寿稲葉浩志はアクロバティックな詰め込み方で1音符1単語をほんとうにやってしまう。たとえば桑田佳祐奥田民生はできないことを受け入れて逆手にとって日本語の方を改造してしまう。もちろん、そんな超絶技巧ばかりではない。大多数が用いているのは素直に英語を使うという方法だ。日本人の曲でもサビで英語になることが多いのは実に単純な理由で、西洋音楽に由来する旋律にはけっきょく西洋の言葉がいちばん映えるのである。
 けれど、Coccoは全然苦労していないように聞こえる。

 いや、苦労していないなどと書くと彼女に失礼かもしれない。曲と詞の噛み合い方に、苦心の末の労作、というにおいがまったくしない、という意味だ。
 Coccoだって歌詞に英語を使う。使いまくる。でも、英語と日本語を混ぜて使わない。英語の歌は全編英語、日本語の歌は最初から最後まで日本語で通す。ごく自然に、メロディと一緒に詞が出てきたのでは、と錯覚してしまう歌ばかりだ。
 だから僕の中で、Coccoは日本人最高の作詞家であり続けている。

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 でもこんな理屈で説明できる理由を書いてもアフィリエイトは伸びないだろうと思う。だからふたつめの理由も正直に書こう。冒頭の話に戻る。聴覚と記憶の奇妙なつながりの話だ。
 Coccoの"Raining"は、僕の雀荘時代のみじめで気楽で無責任で黄ばんだ記憶と強く結びついている。けれど、いま"Raining"を聴いても、雀荘を思い出すことはない。もっと強い記憶に上書きされてしまったからだ。
 知り合いに前述のCoccoのアルバムを借りた僕は、それをMDに入れて一日じゅうリピートし続けた。気に入った曲があるとほんとうに際限なく繰り返し聴くたちなのだ。あの頃1円も払わずにコピー音源で堪能しまくってしまった罪を、この宣伝ブログで少しでも雪げればいいと思う。金がなかったのだ。まだ小説家になる前、自分が何者なのかもよくわからずにひたすら無駄な文字を書き連ねていた頃のことだ。"羽根"、"ポロメリア"、"雨ふらし"、そして"Raining"――彼女の歌が喚び起こす記憶は、働きもせず、ボロアパートの六畳間で日がなPCの画面に向かい、漫然とネットを巡回し、一文にもならないフリーゲーム制作に没頭し、その合間にときおり一行か二行原稿を書き進めていた頃の、ぐちゃぐちゃだった僕だ。

 やがて僕はCoccoを聴かなくなった。コンポが壊れてMDを再生できなくなったのだ。CDは再生可能だったので買い換える踏ん切りもつかなかった。おまけにCoccoの方も壊れて音楽活動を休止していた。Coccoのない生活の中で、僕は生涯七本目だか八本目だかの長編小説を書き上げ、電撃小説大賞に送った。
 僕の最初の本が出版された翌々週、彼女は五年ぶりのシングルを出して音楽の世界に戻ってきた。まったくの偶然である。奇蹟と呼んでいいのかどうかは今でもまだ迷っている。