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音楽エッセイ

楽園ノイズ3楽曲解説

 

発売中です。

いつもの楽曲解説。

 

Arms of Another (ヘレン・シャピロ)


ヘレン・シャピロは若い頃に英国でヒットを連発したポップス/ジャズ/ゴスペル歌手だが、年を重ねてからの活動は落ち着いており、日本向けに日本の有名曲を英語詞でカヴァーしたアルバムなんかを出したりしている。その中にひっそり収録されていたのがこの曲。「あなた」と"another"をかけた詞の付け方が密かに巧い。

原曲は――

 

あの鐘を鳴らすのはあなた和田アキ子


言わずと知れたこの曲。「紅白で鐘ばっか鳴らしてる」などと揶揄されたこともあったが、こんな稀代の名曲が持ち歌にあったらしかたない。発売当時ぜんぜん売れなかったそうだが、レコ大を獲り、数え切れないほどカヴァーされて歌い継がれている。曲そのもののパワーの証だろう。あと、詞の面でも阿久悠の最高傑作ではないだろうか。

カヴァーは数多いが実はアレンジが非常に難しい。特にBメロが「どすこいどすこい」という感じなので、昭和歌謡のダサいホーンセクション以上にマッチするバッキングがなかなかないのだ。デーモン小暮閣下などがロックアレンジで歌っているけれど、ロックになっているとは言いがたい。PNOは果たしてどんなアレンジをしたのだろうか。

あまり関係ないが若い頃の和田アキ子が美しすぎて息をのむ。麗人、という言葉がいかにもふさわしい。

 

Eleanor Rigby(ビートルズ


作中には名前しか出てこないが言及しておきたかったのでご紹介。真琴が読んだ小説というのはアンソニーホロヴィッツの『メインテーマは殺人』である。実際にこの3巻の執筆中に読んでいたので書き出しのとっかかりに使わせてもらったのだが、執筆段階では半分も読んでいなかったので、くだんの老婦人がなぜこの曲を自分の葬式のBGMに選んだのかわかっていなかった。
脱稿後に読了し、ああ、うん、なるほど……。となった(ホロヴィッツ読者ならば理解していただけることと思う)。

 

Where It's At(ベック)


窪井拓斗というキャラクターは「外見は栗原類、音楽はベック」と、珍しく明確なモデルを設定して創ったので、カヴァーする曲も当然ベック。米国文化には詳しくないのだが、スクールヒエラルキー上位層のウェイウェイ文化圏の音楽であるヒップホップを下位のナード・ギーク文化圏に融合させた立役者がベックであるらしく、どこか知的すぎて弾けきれないもどかしさが心地よいこの曲を聴いていると、なるほど、と思わされてしまう。

 

心と口と行いと生活で(ヨハン・セバスティアン・バッハ

バッハが大量に書いた教会カンタータのうちの一曲に過ぎないのだが、終曲のコラールの伴奏があまりにも素晴らしいため、マイラ・ヘスというピアニストがこれをピアノ独奏にアレンジし、大ヒット。一気に有名になってしまった。コラール自体はヨハン・ショップという17世紀の作曲家の歌曲を引用したものだが、伴奏はバッハの独創だ。カンタータの一部だということも、コラールの方が主旋律であり有名な三連符の連続は対旋律なのだということも知らない人がほとんどではないだろうか。
見過ごされがちだが合唱曲としては第1曲のフーガの方が見事。

 

クリスマス・オラトリオ(ヨハン・セバスティアン・バッハ

詳しい解説もほとんど作中でやってしまったので、ここでは真琴が言及している第2部冒頭のシンフォニアをご紹介。たしかにト長調で三連符系の曲という点は『主よ、人の望みの喜びよ』と同じだが、12/8拍子と9/8拍子の曲なのでそのままではマッシュアップできない。なにかしらうまくやったのだろう。

 

Last Christmasワム!


作中での 登場順は 前後するが、ここからAdvent#1~#4のクリスマスソングを続けてご紹介。まずAdvent #1はワム!の世界的大ヒット曲。実質的にはジョージ・マイケルのソロ曲だという。

ジョージが亡くなったのは奇しくも12月25日で、Last Christmasについての誤解が誤解でなくなってしまったことはまだ記憶に新しい。

 

クリスマス・イブ(山下達郎


Advent #2はシティポップの帝王、山下達郎会心作。メロディも歌詞もアレンジもすべてが完璧すぎて震えてくる。およそ日本で制作されたレコードの中で、完成度という点でこれに比肩する作品はないのではないだろうか。五十年後、百年後もきっと十二月がくればこの曲がどこかしらで流れることになるだろう。

 

Happy Xmas(ジョン・レノン

Advent #3はジョン・レノンの平和祈念クリスマス・ソング。『さよならピアノソナタ』でも使った曲なのでもはや書くことがないが、二つの素朴な旋律が掛け合うこの曲はトイピアノの狭い音域でも再現できればかなり華のある演奏になるのではないかと思われる。

 

Wish(露崎春女

Advent #4は、作劇上マイナーな曲である必要があったため、個人的な思い入れの深いこの曲を選んだ。僕が高校を卒業してすぐ、ローソンでアルバイトをしていた頃に、クリスマスが近づくと店内放送でヘヴィローテーションされていたのがこの曲だ。ローソン時代のほとんどの出来事は忘れてしまったけれど、この曲だけは今も心に残っているしCDも買った。今でもクリスマスの時期には必ず聴いている。僕の原風景のひとつを構成している歌だ。

クリスマスのエピソードを書いていたのはちょうど梅雨が終わって蒸し暑くなってきた頃で、この曲をエンドレスで流し、「今はクリスマス、今はクリスマス……」と必死で念じながら描写に冬の雰囲気が出るように努めた。つらかった。

 

       * * *

 

アルバムの最後に長大な組曲が収録されている、というのが僕は大好きだった。EXTREMEの3rdとか、MUSEのあれとあれとか。GREEN DAYもやってたっけ。全部名盤だ。自分でも当然やりたい。

今回もその少年期の気恥ずかしい欲望の続きを本の中で叶えてやることにした。横文字の章題もなかなか気に入っているのだが、縦書きになるとちょっと締まりが悪くなるのが唯一の難点であった。あくまでも目次ページで一覧として並んでいるところを見て(作者が)にやにやするための組曲形式である。あしからず。