音楽は稼いだ!!

音楽エッセイ

音楽をあきらめた原因の二枚

 いちばん好きな小説家はだれかと訊かれたら僕は答えに迷わない。「杉井光」である。
 あきれてブラウザを閉じる前にもう少し話を聞いていただきたい。そもそも、ほんとうに読みたい物語を他のだれも書いてくれないから、僕は自分で書いているのだ。いちばん好きな小説家=自分、というのはごく当然の結論となる。もし僕が杉井光ではなかったとしたら――そして杉井光の書いた小説に出逢っていたとしたら――小説家にはならなかっただろう。読んで満足してしまうからだ。
 幸か不幸か僕は杉井光なので、自分で書くしかない。

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 高校で音楽系のクラブに入った僕は、やがて音楽で飯を食う夢を抱くようになった。だから大学にも行かず、卒業後はバイトで食いつなぎながら、YAMAHA SY-85を担いでいくつものバンドを渡り歩いた。
 ミュージシャンになる夢をすっぱりあきらめたのは、22歳くらいのことだ。理由のひとつは、あきらめた今となってじっくり考えてみれば明白で、他人の音楽で満足できてしまったからだった。
 僕は前にも書いたとおりクイーンの信奉者であり、自分で演るならばクイーンにたっぷりと自分の好みを盛り込んだものにしようと思っていた。ところがとっくにその理想を達成している先駆者がいたのである。ひとつはエクストリームだ。

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 エクストリームをひとに薦めるならば、やはりまずセカンドアルバムPornograffittiからということになるだろう。彼らのいちばんかっこいい部分がぎっしり詰まっているし、全曲粒ぞろいで全体のまとまりもいい。しかし僕の人生に与えた影響でいうとサードアルバムの方がはるかに大きい。僕に音楽をあきらめさせた一枚だからだ。

III Sides to Every Story - エクストリーム

 エクストリームは、ブライアン・メイ公認の、「この惑星上のだれよりもよくクイーンを理解している」バンドである。彼らの作品の中でクイーンにいちばん接近しているのがサードアルバムIII SIDES TO EVERY STORYだ。このアルバムのバンドスコアは僕の教科書となった。音楽理論のほとんどをこのアルバムに学んだ。あまりにも楽譜を読み込んだので背表紙がぼろぼろになって外れてしまって二冊目を買った。それからあるときふと気づく。僕のやりたい音楽はこのアルバムから一歩も出ていない。それなら自分で演らなくていいんじゃないのか。

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 僕に音楽をあきらめさせたもう一人は、ヴァレンシアだ。

Gaia - アイ.ラヴ90'S(オンライン.ヴァージョン)
(哀しいことにアルバムはiTunes Storeに収録されていなかったのでコンピレーション中の一曲のみ)

 ヴァレンシアはオランダのソロミュージシャンで、アルバムジャケットを見てわかる通り美青年で、作詞作曲をすべてこなしギターも鍵盤も達者に弾きこなし歌唱力も抜群という、3d6を何万回振ったらできあがるのかわからないくらいの傑物である。あまりにもできすぎているので、「ファッションモデルや作曲家や作詞家や歌手・ギタリスト・ピアニストなど各分野のエキスパートを集めて創りあげた架空のアーティストなのでは?」という疑惑が持ち上がったくらいだ。
 ヴァレンシアは前述のエクストリームとは別方面からクイーンを目指したミュージシャンで、より明確なクイーンフォロワーだった(クイーンのトリビュートアルバムまで出している)。クイーンをその名の通り女王様だとするとヴァレンシアの音楽は王子様だといえる。より夢見がちでポップで繊細で、あとシンセの使い方が巧い。デビューアルバムをはじめて聴いたときの僕の衝撃は、ただ良い音楽と出逢ったからというだけのものではなかった。僕が演りたかった音楽がそのまま形になっていたのだ。こんな音楽をやりたい、と憧れ、あまりにも複雑な転調を繰り返すコード進行を必死に耳コピして学んだ。そしてやはり、あるときふと気づく。僕のやりたい音楽はこの人がやっている。それなら自分で演らなくていいんじゃないのか。

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 この二枚のおかげで、僕は音楽をあきらめることができた。
 「おかげで」、という表現なのは、あきらめていなかったらたいそう不幸になっていたはずだからだ。なにやら気取った文章で音楽を棄てた理由をここまで切々と語ってしまったが、実のところ最大の理由は才能がなかったからである。現実を直視できるようになるのに五年ほどかかった、というだけの話だ。
 そして今はこう思う。小説家を目指す若人が夢をあきらめる原因になるくらいの小説を書きたい。僕の夢の最期を看取ってくれたあの二枚のアルバムのように。